ああ正妻
集英社
●エス・ウーマン・ドットネット
中沢明子

不条理な「妻の理論」を叫ぶ妻。唯々諾々の夫。「恵まれた結婚」の哀愁の実態とは? 姫野カオルコワールド炸裂の『ああ正妻』。
かなり笑いました。そして、ちょっと泣きそうになりました。途中、「う、うーむ」と考え込んだりもしました。
この面白さをどう表現していいものか、軽く30分ほど悩んでいたんですが、うまい言葉が見つかりません。だから、非常に陳腐でものぐさな言葉選びでご勘弁いただきますが、姫野カオルコさんの最新刊『ああ正妻』、すんごい面白かったっス!

万人受けするかどうかは……わかりませんが、「ピン」ときてツボにハマったら最後、ページをめくる手がとまらなくなります。

高給&厚遇で知られる大手出版社・創造社社員、小早川正人は、ルックスは決して悪くないのだけど、男女の機微にうとい冴えない男で、自分が所属する編集部でアルバイトをしていた、ミッションスクール卒の「お嬢さま」東雪穂と結婚します。小早川は「自然に」結婚したつもりなのですが、実際のところは、雪穂の結婚相手に対するさまざまな条件をクリアしていた彼は、綿密なる計画でもって「まんまと落とされた」も同然です。でも、そのことに小早川自身は気づかないし、雪穂も「綿密に計画」したと自覚しているわけでもありません。

そんな二人の結婚生活は、日々、「過去」とは分断された論理で「今」の要求を言い募る雪穂に、あわあわとかしずく小早川という構図になっています。ハタからみれば、不条理極まりありません。しかし、そのような結婚生活になることを、やや薄い頭髪でルックス的に決して良くないのに、社内一のモテ男の異名をとる、吉見次郎は最初から予測していました。
一方、小早川から話を聞くたびに首をかしげてしまう、売れない小説を書く小説家・瓶野比織子(カメノ・ヒオルコ)。彼女にとっては、なぜ吉見次郎がモテるかも謎です。

小早川と雪穂の結婚生活を中心に話は進んでいきますが、途中から、瓶野と対談した川田教授(ベストセラー「ヤング老人」著者)が登場。小早川から依頼されている著作のヒントとして、これもベストセラーとなった、三十代以上・未婚・子なしの女性作家が書いた「しこめのいいわけ」を読み解いていく――。

「ノンフィクションとして出すつもりですらいた」という姫野さん。現実の、あの会社やあの作家、あのベストセラーを彷彿とさせるディテールを楽しみながら、男と女、あるいは、モテる男女とモテない男女の間に、事実、厳然とある、越えられない壁をあぶりだす小説になりました。小早川夫妻の結婚は、世間から見れば「恵まれた結婚」だし、実際にありがちな「普通の(恵まれた)結婚」。しかし、その「普通の結婚」に潜む不条理さを抽出していくと……怖い。ほとんどホラー並みに怖いです。
もちろん、この小説のストーリーはデフォルメされたものです。でも、大なり小なり、これが結婚というものなのかもしれないし、それが「不幸せ」とは言い切れないかもしれないし、逃げるべき場所なのかもしれないし、
いやいや、そうはいっても留まるに値する場所なのかもしれない。読後、たくさんの「かもしれない」が頭の中を駆け巡りました。

『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『ハルカ・エイティ』と過去3回、直木賞候補になりながら、惜しくも受賞を逃してきた姫野さん。17年前に「ひと呼んでミツコ」でデビュー以来、独特の感性と多彩な作風で熱狂的なファンを持つ作家です。賞を受賞しようがしまいが、大きな問題ではない「かもしれない」けれど、やっぱり、将来、絶対に受賞して欲しい!と改めて思った快作でした。
書評目次へ
トップに戻る