〈蕎麦屋の恋〉
角川文庫
●ダカーポ442号
(4/5日)

相変わらず、うまい作家である。ドラマチックで深刻で、もうドロドロという作品ではなく、さりげない切なさみたいなものの描写に、この人の本領は発揮されるのではなるまいか。

本人によれば本書は、日常生活に潜む、ふとした出来事をすくいとった短編集だそうだが、表題作に関してはやはり上質の恋愛小説であるように思う。

通勤電車のなかで出会った中年サラリーマンと、調理師専門学校の講師をつとめる女性。過去の小さく苦い挫折を抱えたふたりは、途中下車した駅の蕎麦屋でせいろをすすり、ただテレビを見てはしゃぐ。さらりとしたのど越しの蕎麦のごとく、後味のいい大人の恋である。


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