「よるねこ」
集英社文庫
●「小説すばる」
02年8月号より
(評者=大森望)

海千山千の恐怖小説マニアをも唸らせる
姫野カオルコの傑作ホラー短編集『よるねこ』考えてみると、短編小説のさまざまなジャンルの中でも、ホラー(または怪談)は、パズラーと並んで、いちばん定型化が著しいジャンルかもしれない。「死者からの通信」とか「悪魔との契約」とか「開かずの扉」とか、基本的なパターンがまあ何百かあり、それをどう組み合わせてどうひねり、どう個性を出していくかが作家の腕の見せ所になる。

姫野カオルコの恐怖短編集『よるねこ』は、そうした作家的技術の冴えを満喫させてくれる一冊。既存のパターンを素材に使いながらも、思いがけない料理法で、「そうか、まだこんな手があったのか」という新鮮な驚きを提供する。たとえば表題作は、夢見がちな少女が、自分と正反対の性格の母親の意外な過去を知ることになる話だ。

「よく知っている身近な人物(親兄弟や配偶者)がある瞬間、見知らぬ顔を見せる」というのは、日常に潜む恐怖を描く短編の黄金パターン。それをSFで書くと、フィニィの『盗まれた街』やディックの「父さんもどき」のように、家族がいつのまにか人間そっくりのなにか(異星人とかロボットとか)にすりかわっていた――みたいな話になる。

しかし、姫野カオルコの世界では、そうした“とりかえしのつかない変化”はとっくの昔に起きてしまっている。なにか恐ろしい間違いが起きたのに、だれもそのことに気づかず、平凡な日常が続いてゆく……。

タイトルの「よるねこ」とは、深夜、女子校の寄宿舎を徘徊し、人の魂を食べるという“呪の青猫”だが、著者はそれをいまどきの“学校の怪談”として語ろうとはしない。物語の現在は、その約二十年後。呪の青猫と遭遇した女生徒は結婚して娘を産み(小説はその娘の視点から描かれる)、ごく平凡な母親となっている。身も蓋もない一言で魔法の効用を否定したり、温め直した味噌汁を冷えたご飯にぶっかけて食べたりする“無神経”なお母さん。家族コメディの主役を演じてもおかしくないキャラだが、姫野カオルコは(映画『アンブレイカブル』がギャグみたいな素材から比類ない恐怖を紡ぎ出したように)そういうどこにでもいる平凡な母親像に、驚くべき戦慄を発見して見せる。

また、「吉田は力持ちだったので、倉庫に勤めていた」という印象的な書き出しで始まる「心霊術師」は、“悪魔との契約”に失敗した(というか、悪魔が契約しにくるのを忘れた)女性が主人公。彼女もまた、(悪魔と契約しなかったおかげで)ごく平凡な毎日をしあわせに送っているのだが、その人生にじつは決定的な間違いがあったことが暗示される。こういう話をこういう角度から書いた短編は、たぶんホラー史上初めてだろう。

海千山千の恐怖小説マニアをも唸らせる、いずれも高水準の全七編。
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