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作家に聞こう

◆今回は、生きることの悲哀や滑稽さを独自の視点で描き、熱烈なファンを獲得している姫野カオルコさんにご登場いただきます。インタビューが始まると「この雰囲気、ラジオ番組みたいですね」と笑い、ユーモアたっぷりに答えてくださった以下のやりとりをどうぞ! (構成 /島田明宏)2004年
☆Q1
小学3年生のときに書かれたという初めての小説「みにくいアンキャロル」は、どんなお話だったのですか? その作品は学校の文集などで発表されたのですか? また、その頃の姫野さんは、どんな女の子だったのかもお話ししてください。
(新潟県・「旅人」さん)

★A1
「みにくいアン=キャロル」は外国のお話です。漠然とした外国。アンが名前でキャロルが名字なのではなくて、アン= キャロルが名前。アン=キャロル・ブラウンとか、アン= キャロル・スミスとかいう名前の外国人、いるでしょう?
「アンは自分がどんなにみにくいか自分でよく知っていました」という一文から始まり、家中の鏡を割って自分の顔を見ないようにしている十二歳くらいの少女のものがたり。それを、「自由帳」として売られていた、罫線のないノートに書いて、自分で挿絵を入れて本のようにしただけで、発表はせずじまい。

このお話を書いた小学3年生くらいから、授業中にもなんとかしゃべれるようになりましたが、それまでは人前でものも言えない、おとなしい子供でした。人が自分に注目するというか、自分を見るのがどうにも苦手でした。ただ、「鉄腕アトム」など、正義の味方を主人公にした漫画やアニメに囲まれて育ったせいか、不正に立ち向かわねばならぬと思っていたところがあります。今はすっかり悪の手下になりさがりましたが(笑)。

とくにスネ夫タイプの男の子の姑息な不正には、いちいち憤ってましたね。先生の目の届かないところで、弱い感じの女の子を三角定規で突っついたりする。すると「やめときいな」と言う前に手が出て、スネ夫をはりとばしてしまう。後の作家とも思われぬ、ペンより剣ですよ(笑)。そうするとジャイアンが加勢に来るので大変でした。でも男子2対女子1でも戦ってましたよ。漫画でおぼえた背負い投げとかして。私はとにかく泣きませんでした。ケンカをしたり、何かもめごとがあると、女子はすぐ泣くじゃないですか。でも、そうやって泣いて逃げるのも不正だと思っていたのです。

「いつごろから作家になろうと思いましたか?」というような質問をときどき受けるのですが、作家になる人というのは、作家にしかなれないように思います。なるんじゃなくて、それにしかなれないから、なるだけ。

スネ夫をはりとばしていたころは、まだ漫画家と小説家と映画監督の区別が正確についてなかったのですが、とにかく自分は「話をつくる職業」に就くのだと思っていた、というより、それしか将来がイメージできませんでした。他の道へ進むことはまったく考えつかなかった。



☆Q2
デビュー作『ひと呼んでミツコ』から『ツ、イ、ラ、ク』までの15年ほどの間に、姫野さんの作風がかなり変わり、また幅も出てきたと思うのですが、それは少しずつ成長されてきた結果なのでしょうか。それとも何か大きな転機があったのでしょうか。
(広島県・「kiyoshiko 」さん)

★A2
続けていると、文章のスキルが上がるので、それが変化だと感じられるかもしれません。が、もともと私は、作品のテーマに合わせて、いろいろなバリエーションの文体で書くので、自分ではあまり変わったようには……。
転機と言えるようなことも特になかったのですが、ただ、『ツ、イ、ラ、ク』を書く前、書き始める前にひとつ、気づいたことがありました。

今まで私はジェンダーをテーマにしたものを多く書いてきまして、ジェンダーについて問題提起するために、主人公を異性にめぐり合わせたり、別れさせたりしていました。ところが、ジェンダーについて考えている人はもちろん、考えたことがある人すら、ものすごく少ないのです。

最初の、まず第一歩の疑問がない人が、私の作品を恋愛小説だと思って読むと、「どうしてこう進むわけ?」とか「なぜこの女性はこんなに自分を卑下するの?」とか、わけがわからなくなってしまう。

恋愛小説というのはエロスという情感の敷衍です。読み手は多項式を展開させるかんじで読むのに、私はジェンダーについて因数分解してもらおうと書いている。これでは商品は売れません。そこで、ジェンダーについてはもっと別のストーリー仕立てにするべきだ、次作ではジェンダー問題は省こうと思ったのが、『ツ、イ、ラ、ク』を書く前のことでした。



☆Q3
以前、どこかで「(『ツ、イ、ラ、ク』を書いているときは)結末を考えて書いているのではなく、登場人物が勝手に動き出していた」というようなことをお話されていたように記憶していますが、本当にそうだったのでしょうか?もしそうなら、他の作品を執筆される際も同じだったのでしょうか?
(東京都・「オリーブ」さん)

★A3
いつもは、ものすごく細かいところまでプロットを組み立ててから書いています。原稿用紙ナンバー1から17まではこうして、18から24はこうで……というふうに、それぞれの枚数まで決めて台割りした、設計図のようなものをつくり、設計図をもとに書いてゆきます。

とはいえ、例外的もいくつかあります。『受難』『愛はひとり』『少年ジャンプがぼくをだめにした』など。『ツ、イ、ラ、ク』もそのひとつでした。

「『ツ、イ、ラ、ク』を書いているとき、登場人物が勝手に動いた」というのは、そのとおりです。「結末を考えなかった」のは、彼らが勝手に動くので、私は彼らを追跡ルポするのに手一杯で、予想してる暇がなかったということです。

見えたんです、彼らが。こんなこと言うとふしぎちゃん路線のアイドルみたいで、ほんとにいやなんですけど、こう言うしかないのよ。彼ら全員の、顔も動きも、部屋も道路も家具もすべて、すぐそこにあるように、というより自分がそこにいるように見えたのです。

だからこそ、傍若無人には書けなかった。こんなにありありと見えていることを、どのように書けば、私が見た通りの臨場感で読者に伝えられるか――ということを、それだけを考えました。事件記者が、自分で見聞きしたことを、できるだけ正確に、わかりやすく、ものすごく工夫に工夫を重ねて書いたつもりです。

『ツ、イ、ラ、ク』の登場人物って「恋するお年頃」でしょう? でも恋って、理論なんかないんだよね。その相手に心ひかれる過程すらないんじゃないかな。ひかれあう理由ってないと思うよ。やさしい人柄や誠実さとか、あるいはもっと学歴とか収入とか、なにか理由があるのなら、マザー・テレサのポスターを部屋に貼ってオナニーする男性や、武富士の社長の写真にそっとキスして眠る女性が、この世にもっといるはずじゃないですか。だから、動機がない事件を人に伝えるのは、そりゃ、工夫がいります。



☆Q4
作品のタイトルって、いつ頃決められますか? すべてを書き終えられたあとに決まったりするのかな、なんて思っております。
(広島県・「りんりん」さん)

★A4
はい、いつも書き終えてから決めます。タイトルをつけるのが下手だからです。書いている最中はタイトルがないので、「何月何日に何社の何さんに渡すもの」とか、「ヒロコ」といったように主人公の名前などを文書名にして保存しています。気に入っているタイトルですか? 『ツ、イ、ラ、ク』かな。長い時間、たくさんの人と何回も会議をしてつけたタイトルなので。



☆Q5
作家としてご自身で意識されている(さらに磨こうとしている)、誰にもマネできない「姫野カオルコらしさ」はどんなところですか?
(東京都・「花盛り」さん)

★A5
ウエスト58のキープ。目標でいいんですよね? このQの答え。



☆Q6
姫野さんは、夏休みの宿題を最後の3日だけで片づけるような徹夜一気型ですか、それともペース配分を考えて、毎日コツコツ継続するタイプですか?
(和歌山県・「ひるねこ」さん)

★A6
小学生の頃は、夏休みの宿題を最初の1週間で片づけてしまい、あとの時間で自由研究を一生懸命やるタイプでした。
あ、これは、本当の宿題のことではないですね。原稿の書き方についての譬えですよね。わりと「何時から何時まではこれをする」といったように書いています。

標準的な1日の過ごし方は、午前10時から夕方6時までは仕事。うち1時間昼休みが入る。夕方6時から10時くらいまでの間にスポーツ、入浴、夕食などをして、10時から朝の3時半か4時くらいまで、また書く。睡眠時間も充分ありますよ。起きたら朝食をとらずにすぐ書きはじめていますし、週に一回くらい十五時間くらい寝るので。

私は書かずにいることができないんです。書くのがつらいと感じたり、やめたいと思ったことはありません。もちろん、書きながら、ここの構成をどうしようかと唸ったり悩んだりすることはありますけど。書いてないと息ができないかんじです。忌野清志郎さんがインタビューのときギターを持ってると落ち着くと言って、答えにつまるとジャカジャカジャーンとかきならしておられたのをTVで見たことがありますが、私もこれから取材には親指シフトキーボードを持っていこうかなあ。



☆Q7
「映画には絶対できない恐怖と残酷」という惹句にオッと思って『よるねこ』を買い、それから姫野さんのファンになった不惑の道産子です。新米ファンなので今さらながらの質問をさせてもらいますが、姫野さんの作品で映像化されたものはないのでしょうか? また、ご自身が「映像化するならこれ!」と思う自作はありますか?
(北海道・「不惑の道産子」さん)

★A7
ビジュアル化という意味では『A.B.O.AB』が漫画化されています。映画化の話は新作を出すたびにいただくものの、いざ実現となると難しくて、今のところはまだ。ただ現在進行中のものがいくつかあります。
三池崇史監督から、ぜひ『受難』を映画化したいという申し出をいただきました。進行中とのことですが、映画化って予算も人も時間もかかるから……。

もうひとつ、5人の女性作家の小説を5人の映画監督が映像化するオムニバスのDVD が出ます。新潮社とJamFilms とのタイアップ企画。
作品は『小説新潮』5月号掲載の『桃』です。記者会見は7月1日です。

あと、角川書店の「ラブハニー100」の夏号で『変奏曲』が漫画化されます。漫画家は山田可南さん。

「映像化するならこれ!」という自作は『変奏曲』です。最初からビジュアル化を想定して、配役俳優も想定して、ここではこの音楽、ここではこれ、監督はこの人……と考えながら書いた作品なので、このたびようやく漫画化が決まり、嬉しい。



☆Q8
この本を読むと心が落ち着くとか幸せな気分になれるというような、姫野さんの生活に欠かせない定番の本はありますか? 私は毎晩寝る前に姫野さんの本を繰り返し読むのが儀式になってます。
(茨城県・「ツナ子」さん)

★A8
「ツナ子」さん、私の本で暗い気分にならないといいけど(笑)。
さて、ご質問にお答えしますと、『かみさまへのてがみ』です。子供が神様に宛てて書いた手紙をまとめたものです。私はこれを病気をしたときに聖路加病院で買ったのですが笑えるんですよ、可愛らしくて。「聖書はいい本だと思います。他にどんな本を書きましたか?」とか「かみさま、どうしてニュースに出ないの?」といった手紙が収録されています。ほかには動物学者のコンラート・ローレンツの『人イヌにあう』かな。もちろん好きな本は他にたくさんありますが、ほっとする本という意味で、今思い浮かぶのはこんなところです。



☆Q9
『ツ、イ、ラ、ク』のカバー写真は姫野さんご自身ですか?
(兵庫県・「みかりん」さん)

★A9
えっ?! 違います。あれは角川書店装丁室のKさんという方がデザインしてくださったもので、おそらく著作権フリーの素材をお借りになったのだと思います。Kさんは、『ツ、イ、ラ、ク』をお読みになっていないし、私の顔も御存じありません。担当編集者から「こういう物語なんです」と伝え聞いてデザインされたようです。実は、このカバーには2案あって、もう1案もすごく素敵だったんです。ただ、そちらは翻訳の告白手記っぽい雰囲気だったので、最終的にこちらにしてもらいました。

カバー写真の女性を見たとき、ソフィー・マルソーとかロマーヌ・ボーランジェとかシャルロット・ゲンズブールみたいな感じだったので、びっくりしました。実は、私が見た、あの話の主人公はああいうかんじを日本人にしたような外見だったので。Kさんは読んでいないのにどうしてわかったんだろうとびっくりしたのです。ひょっとしたら、担当者がそのあたりも伝えてくれたのかもしれませんね。



☆Q10
私も姫様同様「親指シフトユーザー」なのですが、今度パソコンを買い替えるとき、断腸の思いで普通のキーボードに鞍替えすることになりそうです。姫様は「脱・親指シフト」を考えたことはないのですか? 実は結構ローマ字入力も素早くできたりとか……。
(静岡県・「星真珠」さん)

★A10
あとのほうのご質問からお答えしますと、はい、ローマ字入力もブラインドタッチでできます。でも、やはり日本語のリズムというのは親指シフトが合っていると思うので、小説やエッセイを書くときは親指シフトです。ですから、「脱・親指シフト」をするつもりはありません。

質問をしてくださった「星真珠」さん、どうか腸を断つことなどなさらずに。親指シフトのキーボード、ちゃんと別売りで買えますからね。それを買い直したものに接続すれば悩みは解決ズバットです。検索エンジンで「親指シフト」と入力すれば、販売してる所が見つけられるはず。

それに、別売りじゃなくても、ノート型もデスク型も、ちゃんと親指シフト仕様のものが富士通から販売されています。富士通のHPに行ってみてられてはいかがでしょうか。

あとは、私の知っているところで、原宿の「アクセス」。ここに売ってると思う。中古店では渋谷の「SAGASU」。ここには私、じっさいに売りました。それでも見つけられなかったら、一台だけ、新品同様の親指シフトキーボードを売ってくれそうな人をひとり知っていますので、御紹介したいくらいです(笑)。

ウン百万円も値段がちがうならともかく、多少割高なくらいなら、日々使用するPCには、やはり本当に好きなものをお選びになったほうがいいかと。自分の痛い失敗をふまえて、心より申しあげます。



☆Q11
あきらかに事実誤認で、取ってもいない「団鬼六賞受賞」という間違ったプロフィールを見かけることがあります。こういうのって作家としてやりづらくないですか? また、姫野作品を通読すると多彩なテーマや文体にもかかわらず「ヒメノ式」と呼ばれる哲学が浮かび上がってきます。しかし、初めての人に姫野作品を薦めるときには悩みます。薦める相手によるとは思いますが、著者から初めての人にオススメの作品を教えてください。
(茨城県・「ジキル」さん)

★A11
どこかでほんのちょっと間違いがあって、それがさらに少し間違って伝わって、もっと間違って伝わって、しだいに大きく間違って固定してしまうってことが、どの人や物事にかぎらず、世の中にはあるのでしょうね。こういうのは本当に困りますね。そういえば、私が書いた作品じゃないのに、私の名前が筆者名になっていたこともありましたよ。せっかくの機会です。プロフィールについては、はっきり訂正しておきましょう。私は団鬼六賞を受賞していません。
さて。初めての方にお薦めするなら、『ちがうもん(旧題・特急こだま東海道線を走る』ではないでしょうか。自作中もっともオーソドックスな文体なので。ただし、オーソドックスなものは地味でもあるから、オーソドックスさが吉と出るか、凶と出るかはわかりません。ただ、すくなくとも「イヤーッ! 大っ嫌い!」というふうにはならない気がします ……。



☆Q12
姫野さんの旺盛な創作意欲の「源」というか「支え」になっているのはどんなことですか? また、今後はどんな方向性の作品を書いていかれるのか、現時点で興味をお持ちのテーマや、訴えていきたい読者層などがあれば、ぜひ教えてください。
(宮城県・「トヲル」さん)

★A12
「源」はさっきの答えのとおり、書かないと息ができないというか、書く=自分だからでしょうが、プロの小説家の場合、書くと同時に、その商品を世に出さなくてはならないというビジネスマンとしての部分がありますよね。その部分は読者の方々に支えられていると思います。それと編集の方々に。
今、とりかかっているテーマは戦争です。大東亜戦争。やっぱり、この戦争からいろいろな影響を受けた人がいて、私もそのひとりだと思うんです。体験記などは私のすべきことではないと思うので、それとは別の形で、戦争が落としたいろいろな影を書いていけたらいいな、と。訴えていきたい読者層は……大人、ということになりますか。児童書コーナーには置かれないだろうから。

今後の出版予定は、6月20日に集英社から『すべての女は痩せすぎである』の文庫が出ます。そして、9月頃に『蕎麦屋の恋』が新編纂で角川文庫から、12月には『ちがうもん(旧題・特急こだま東海道線を走る』が文春文庫化されます。さっき映像化に関するご質問でお答えしたDVD は来年のお正月に発売されると聞いています。あとは、今取りかかっている新作の長篇小説。一応、私の希望としては、来年の1月から3月の間には出したいと思っています。

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