『文藝』
河出書房新社
2001年夏号
聞き手・矢部智子
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−−矢部
それでも「現状の区分けで指すところのエンターテインメント」として出されているからにはやはり部数が違うのではないですか?これだけ筋も面白ければ……。

−−姫野
私の本が? いや、売れてないです。それはもう、きっぱり。

小説を瓶だとします。活字の並び方(綴られ方、内容、味)を中身とします。

と、まず瓶ですが、ビールの大瓶と、カルピスの瓶って、包装紙取るととても似てる。

だから、ビール瓶に水玉の包装紙巻いてカルピスの売り場においておいたようなものなんです。そのほうが売れると思って。

でも、よく考えたら「カルピスどこかな?」って来る人は清涼飲料水を求めて店に来たわけだから、ビールを「カルピスの新しいシリーズかな?」と思って買ったとしても、家で飲んだら「げ、へんな味」ってビールに反感持つだけだし、ビールを求めて店に来た人は、カルピスの置いてある棚なんて見ない。お酒が欲しくて買いにくるわけだから。カルピス類の棚なんか「自分とは関係ないや」ですよ。

なのに、カルピスの棚に置いたビールはなんで売れないんだろうと思って、私も担当編集者も工夫したんです。ピンクの包装紙にしたらどうだろうとか、リボンを付けたらどうかとか、一生懸命考えた。でもそうすばするほど、ビールを求めて来た人は「あれはどこからみても清涼飲料水、ビールじゃない」って、ますます棚に寄りつかない。

今まであんなにいろいろやってみたことが、ものすごく徒労だったんだなあって、最近になってようやく気がついた。

それに、雑誌関係やマスコミの人も、実際に棚の全商品を飲んでみるわけじゃいですから、カルピスの棚にあればカルピス類の新商品だなって思い込む。思い込んでいるマスコミの人から雑誌コメントなどを依頼されれば、私はコメントしますよね。一生懸命、本を売ろうとして。するとその人は「カルピスで活躍中の人(のコメント)」って紹介するから、ますます本来の売り場から離れていってた気がします。

誰のせいとか何のせいとかいうのではなく、小さな誤りがドミノ倒し的にあった気がします。

−−矢部
ところで、姫野さんはどんな作家がお好きですか。読者に、少しくらいは「便宜上のグループ分け」も示したほうがいいかもしれないので。

−−姫野
読むのがすごく遅いのと、ひとたび気に入るとえんえんとその人ばかり読む傾向があるので、まだ巡り合っていない大好きな人もたくさんいるのにそれを抜かしていることをお断りした上で、名前を挙げます。

橋本治さんと山田風太郎さん。橋本さんは、読んでいると感受性が昂奮してきて、伴宙太みたいに目の幅で涙が出てくる。うっかり外で読み出しちゃって、お店の中とかで泣いていると、親しいお店の人に「そんなに可哀そうな本なのね」って(笑)。可哀そうで泣くわけじゃないんですよ。

−−矢部
文章の流れ、とかに感動して?

−−姫野
うん。あと論理の展開とか。それとあの知性の高さ。それから山田風太郎さんは、すっとぼけて、すごいことやってくれて、やっぱりすっとぼけてるところ。

でも、ハイパー文学系というグループ分けして、橋本さんと風太郎さんと一緒に、私が入っていると、二人が気を悪くされたらどうしようかと、今、恐ろしいです。こんなバカ女と一緒にしないでくれないって(笑)。だって二人はすごく博学。私はただの青学ですから。知性ではとうていお二人の足元にも及びません……。

−−矢部
倫に外れる、ということをよくお書きになりますよね。倫に外れることが嫌いですか。

−−姫野
ルールは守りましょう、っていう融通のきかない風紀委員っぽいところがあるのは確かです。

ただ、作中によく出すのは言葉へのこだわり。「不倫」って、パンを盗んだり、違法駐車だって、「倫」に背くんだから不倫なのに、妻帯者と独身女の恋愛ばっかりを不倫っていうじゃないですか。

ニュースなんかでも「不倫関係にあった」とか。いつの間にそんなふうに決めたのよ、って思って。ひとつの言葉に対して、その言葉を大切視しないで使うのがいやなんです。文筆業者として。

あと「エッチした」とか、「キレた」とか。ほんとにいや。すごくイヤ。

−−矢部
言葉に対するこだわりもあって、常套句である恋愛というものを素材にしているのでしょうか。

−−姫野
工夫でしょうか。プロなんだからお客様に売る商品には、お客様がちゃんとたのしんで読めるよう工夫しないといけません。

もし多くの人が「畳」にこだわってて、いい畳を作りあげるのにどういうい草を育てて、どういうい草から作るといい、ということに興味を持っていたら、たぶん、畳の話にしたでしょう。

やはり多くの人が読むにあたってなじめる要素を工夫しないと。

純文だろうがミステリーだろうが、小説はショービズなんだから、オナニーを見せるでかまわないけど、ちゃんとしたオナニーショーにしないとプロではないと思います。暗喩ですよ。念のため。

(2001・3・9)
全2P/1・2
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