『終業式』角川文庫(96年光文社刊の『ラブレター』を改題)

なんと言ってもこの時期は卒業や入学という、世代を問わず何かしら甘酸っぱい想いを抱く 季節です。
そこで今月のイチ押しはこれ。

この作品は全編「手紙のみ」で綴られ、地の文は皆無という実験的手法を用いてある。いや 私も最初は「なんじゃこりゃ!」と思いましたですよ。女子高生の交換日記を覗いたような居心地の悪さを感じましたが、これが読み進むとグイグイと引き込ま れて快感になってくるんです。

手紙はダイレクトな話し言葉と違って、少なくとも一度は頭の中で推敲されています。言葉 でそのまま「馬鹿」と言ってしまえば済むところを「ちょっと納得できません」とか書きますよね。それゆえに、見えない行間に詰まった物語が読み手の中でど んどん膨らんでゆくのです。

高校を卒業してそれぞれの道を進んだ同級生たちの人生模様はせつなくもあり、健気でもあ り、一度しかない青春へのオマージュでもあり、それでも続く明日への希望でもあり・・・。あれ? これじゃなんだか青春映画の宣伝文句ですねえ。

管理人はもうだいぶ薄れてきた髪・・・じゃなくて、青春の想い出(これが不思議なこと に、遠くなると美しくなったりする)を悔恨と伴に掘り起こされてしまいました。ほったらかしにしていた無農薬の畑から掘り起こしたら葉っぱは虫食いだらけ なのに美味しい大根みたい???

本作を読む時のちょっとしたコツは、登場人物が多いので最初に誰かの名前が出てきたとこ ろに付箋をしておくと、あとでわかりやすいです。それこそちょこっと名前が出てくるだけという人もいますが、それをチェックすることで物語の全体がより深 みを持って広がります。あなたもありませんか?昔のちょっとした出来事が妙に記憶に残っていて、そう言えばあいつの名前は○○で・・・今、どうしてるかな あ・・・という感じ。それがそのままこの小説で味わえます。マニアックな読者は登場人物表を作ったりしているほどですよ。

どの登場人物に自分を投影して読むにせよ、そこに色濃く起ち現れるのは青春という少し気恥ずかしいシロモノ。成熟という人生の果実を手に入れるには、誰もが青春というホロ苦い時を経なければなりません。「えー、あたしは今まさに青春ど真ん中で、楽しくってしょうがない。気恥ずかしくもホロ苦くもないぞ」というティーンも本書を読むでしょう。でもねえ。そんなあなたも20年後には「あの頃は・・・」と、青春時代を思い出して、それが二度とない貴重な時間だったのだと感慨に耽ることは間違いありません。年寄りとインディアンと管理人は嘘つかないので、読んで損はありません。きっぱり。


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