『ツ、イ、ラ、ク』角川書店/2003年10月
『桃』角川書店/2005年4月

4月と5月は2冊セットでイチ押しです。
まず発売当時は本好きの間で話題になった長編「ツ、イ、ラ、ク」、本の雑誌(2004年1月号)で北上次郎氏が2003年度ベストエンターテイメントNo.1に選んだ本作は従来の固定ファンだけでなく、多くの新しい読者を魅了した。本が売れることと内容の善し悪しはまた別のことなのだが、書店の新刊コーナーにたくさん平積みされていたのはファンとして感慨深いものがあった。

公式サイトの書評紹介でも言及されているように、名前のイメージで内容を誤解されていたところもある姫野作品だが、敢えて「誤解でも良いから手にとって読んでみて欲しい」という戦略的な販売促進(装丁・帯のコピー・初版部数増など)が、ある程度成功した例かもしれない。とは言え、ベストセラーリストに名前が上がるほど売れたわけではありません。

名前は知っていたが読むのは初めてという人がツイラクをどう読んだか・・・。踏み絵としては分厚い本です。冒頭から描写されるのは一見牧歌的なのにドロドロした子供たちの世界。少女のもどかしい気持ちの揺らぎを描写させたら姫野カオルコの右にでる者はいません。これは「ちがうもん」(文春文庫)などでも、すでに証明済ですね。この子供の心理や社会性に対するヒメノ式リアリズムは、子供描写にジブリ的なファンタジーを求める読者には残酷に映るかもしれない。そして独特の文体。小説として普通に読んでいたら、唐突に作者が出てきたりマークシートチェックが出てきたりして、こういう部分に違和感を持つ人もいるかもしれませんね。文体がどうとか、文章がうまいとかへたとか、ふざけすぎとか言う真面目な本好きの方がいますけど、そういうアプローチは間違っていますよ。だってこれは面白がるところですもの。

さりげなく、あるいはこれみよがしに挿入される歴史や文学や映画の登場人物名。知らなければ知らないで済んでしまうが、どうも気になるのでネットで検索したりすると「なるほど」としっくりくる。恋愛小説のわりに、実は深い教養を必要とされる話だったりしますね。さらに著者は「この小説を本当に楽しむにはある程度年齢が上(35才以上?)でないと・・・」と、言っています。田辺聖子さんが本書新聞広告の推薦文で「この物語の主人公は青春である」と指摘しているように、登場人物たちはドロドロと恥多き青春を生き、そして年を重ねた後に、ふと「一度しかない青春」を想う。その想いを実感できる年代にこそ読んで欲しい作品ですね。

さて、著者インタビューなどを読むと、寝ても覚めてもツイラクのキャラクターといっしょに過ごすうちに、ほとんど"お筆先"というか"イタコ"状態で、人物が動き出したそうです。これは読者も感じるものがありますね。主人公だけではなくて、まわりを固める人物像がとても魅力的です。

この魅力的な脇役にスポットを当てれば、ツイラクのメインストーリーでは見えなかった物語が現れる。それが4月1日に発売の短編集『桃』。ツイラクと同じ感じの装丁がシンプルでお洒落。しかし帯文は過激です。
「わたしたちはさんざんいやらしいことをした」
ですもの。いやぁ、おじさん素直に(いったいどんないやらしいことなんだろう)と思いましたですよ。

本書に収められた6つの短編(中編?)は、もちろんそれぞれ単独で読んでも良いのですが、より楽しむためには上記の「ツ、イ、ラ、ク」と併せて読むことをオススメします。これは逆も言えて、「桃」を読むと「ツイラク」がさらに面白くなります。

例えば、ちょっとした謎の回答があったり、同じひとつの出来事が人によってまったくちがう出来事に見えていたり、時が(つまり登場人物が年をとって)それぞれに与えた変化や深みの妙など面白く感じる理由はたくさんあります。各作品の文体は正統派と言うかツイラク的な韜晦?がなく、サブカルから文壇の老若男女を問わずに読みやすいと思います。ご本人はあとがきで、ツイラクを未読の読者を対象に書いたとおっしゃっていますが、私のようなファン(公式サイト管理人を離れて)に言わせれば、姫野さんを語るなら両方読まなきゃ。


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